『世界一おバカな飼い主と救急車に乗った犬 ― しめくくり編・日常のジョカーを引いてしまった奴ら ―』

 こんばんは~っ!ママ犬でーす。

 お騒がせしました(_"_;)無事手術も終わり退院してきました。コメントを寄せてくださった皆様本当にありがとうございます。

 さてさて、この『ママ犬と遊ぼう』は去年の3月7日に初回記事『雪国』の投稿から始まったブログです。知っている方も何人かはいらっしゃると思いますが、ブログを開設して1か月も経たない4月3日。ママ犬はリンタンをだっこしたまま車に突っ込み(←目測を誤りました)。。

 リンタンごとぶっ飛びました。。。『世界一おバカな飼い主と救急車に乗った犬』というタイトルで、事故の状況というか詳細を記載した記事をUPして、ブログに復帰したママ犬でした。

 実は今回の手術は急な病気や怪我などではなく、延していた交通事故の最終手術をしっかり病院でしてきたというものです。交通事故に関して、その後は大丈夫なのでしょうかというコメントをいただいていたことと、入院中に関することをブログで機会があったら、記事にしたいという気持ちもあり、今回の最後の手術を契機に、今日の記事で記載させていただきます。

 では、まず全治4か月の診断をされて、最初の入院で2回の手術を受け、ママ犬の足首近くに入っていたプレートとボルトの写真から。。。プレートは粉砕骨折をした細い方の足の骨を接合させるために入っていたもの、長いボルトは太い方の折れた骨を接合させるために入れられていたものです。

↓★大きさがわかるようにCDを後ろにおいています★↓
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 最後の手術は言うまでもなく、きちんとついた骨からこのプレートと、ボルトを抜くための手術でしたが、5日で退院はやっぱり、かなりハードだったかも(笑)。。。

 ママ犬が、救急車で運ばれた病院(搬送先、夕方6時近かったこともあり3件ほど断られた後にたどり着いた病院)は、『命は平等』をモットーに、全国展開してる24時間営業の病院です。高い理念に基づいて作られたその病院は、残念ながら居心地のいい病院ではありませんでした。お金のない人でも治療が受けられるようにとの理想から作られたその病院は、1室に8床のベットを詰め込み、冷蔵庫などはもちろんなし、詰め込み過ぎた病床は廊下側のベットにはほとんど陽が当たることはなく、ベットとベットの間は車椅子がやっと1台入るくらいのスペースしかありません。おまけに築40年は経過しているだろうというその病院は、トイレが公園の公衆トイレのような、激しい臭さがあり、ママ犬は一番臭くないと思われるトイレまで、よく車椅子をぶっ飛ばして行っていたものです。

 救急車で運ばれ、直ぐに手術をしてから1週間、朝目が覚めると『ここはどこ、私は誰』状態…。要するに、起こったことすべてが受け入れられない。当時派遣で仕事をしてたママ犬、仕事はなくなるわ、収入はなくなるわ、おまけに生命保険も入っていない(ド貧血女ママ犬は、血小板増多症というわけのわからない病名がついた血液の持ち主で、生命保険には入れないのです(生命保険切り替え時に判明して、以来面倒なので生保には加入していなかった)←貧血放置するとなるので、ほっとかないで鉄剤もらいに、貧血の人は病院に行きましょう。。)

 ブルーにならない訳がない。その上築40年以上経過した建物の超暗いベット(←ママ犬一番廊下側・最悪)と待ち受ける4か月の車椅子・病院生活。寝る時間も起きる時間も決められ、当たり前だけど病院食、ママ犬にはほとんど刑務所に閉じ込められたような気分でした(←病院関係の方がいたらごめんなさい。。)

  交通事故なんて、交通事故なんて、間違いなく、日常生活の中にひそむ、思いっきりジョーカーひいちまったよ~~。え~~んんっっ。

 さてさて、人間往生際、もとい切り替えが肝心。ブルーな気分をいつまでも引きずっている訳には、いかない。入院から1週間くらい経った頃でしょうか、気の利く看護師さんが、おんぼろ車椅子の替りに新品車椅子を調達してくれてから、ママ犬は車椅子で病院探索をはじめ、巧みに車椅子を操り、病院内をかっとんでいました。

 そおして、次から次と入ってくる、ジョーカーを引いてしまった人達。。

 20代半ばの女子:仕事で備品を取りに備品室に行って備品をもって扉を閉めたら手に激痛、手を扉に挟んだと思ったら、いきなり床が血の海に。。一瞬気絶しそうになったが、気絶せず、会社の男性社員が指~落ちてると怒鳴り、本当に気絶したかったが、気絶できなかったと(←いったいどういう挟み方をしたら扉で指が落ちる。。)

 おまけにその女性、旭川(←札幌からJR2時間)の方で、男性社員が指を氷のにつけ、指を持って市内の病院に行ったら、うちでは手術できないといわれ、札幌に。ヘリで搬送でもしてくれるのかとおもいきや、JRに乗って札幌に来て北大で『うちではできいません』と断られ、そして切断した指をつける手術のできる、ママ犬がいた救急病院にやってきました。しかし、指はつかず。。。。
 ママ犬のいたその病院、ドクターは確かに腕はいい方ばかりだったと思います。


 40代前半女子:行きつけの『つぼ八』に呑みに行き、お酒がかなり強い方で、ボトル1本開けて、店長にバイバーイと元気にあいさつし、少し千鳥足で帰宅の途についたはずが、足元がちょっとふらついて、正面から思いっきりすっころびました。腕が本当は、舗装された道路にぶつかtるはずが、ぶつかったのはあるはずのない『割れた瓶』の破片の上。血がドロドロ出て、腕から筋肉が見えたとか、おまけに筋肉が見えただけじゃなく、白い糸のようなものが、傷口からピロピロ出ていたと、ホラー映画のような説明をうけたママ犬。一気に酔いが覚めたその方、直ぐに携帯で救急車を呼び、病院で切れた神経を縫い合せる手術を受け、そしてママ犬の隣のベットに。

 その方のリハビリは、1本1本の指の先にブラのホックのような爪を付け、そこにピアノ線をつけ、付けた5本のピアノ線は手首とひじの真ん中くらいに集められ、その1本1本のピアノ線を左手で引いて、指を動かすというものでした。ただしリハは20分程度。やりすぎると神経が切れてしまうとか。数か月したら、指は正常な動きほどではないが、動くようになるとのお話でした。ただし、その方は、これから一生、箸と茶碗以上に重いものは持てません。もったら最後、神経がまたきれてしまうから。。

 これくらいにしましょう。日常の中に潜むジョーカーを引いてしまった人達。

 病院にいて、そんな方たちを目の当りにしたら、日常生活自体も恐ろしくなる。平和な日々がまるで、奇跡のようにも思えてくる。

 関東東北大震災、震災からずっと、ママ犬は平和な日常に感謝して、ブログは平常更新を続けてきました。多分、あの入院からママ犬は、何も起こらない平和な日常がどんなに、尊いかということを学んだような気がします。

 月曜日に退院して、シャワーを浴びて、そのまま会社。帰宅9時。火曜日も、午前中に病院に行き、傷口の消毒をして、会社へ。帰宅10時。リンタンをまだ、リク家にお迎えにいっていません。。。

 リンタンはというと、むかつくくらい、リク家の一員になっているそうです。一人でおもちゃで遊び、そのうちおもちゃをを持って、リクママ遊ぼうよ!と毎日超元気とか、、、大好きな里穂姉ちゃんと里奈姉ちゃんが帰宅するとお迎えに行き、しっぽぶんぶんでリク君と争ってお迎えにはげんでいるとか&寝るときは、リンタン布団にもぐって寝ますが、寝場所はリクママの股の間を陣取っているらしいです(滝汗;;)

 ママ犬は要らんのかいなぁ~~~!!
てか、ワンコって、家族は多ければ多い方がいい???
リク家に行くと、いつもそんな気がしてしょうがないママ犬です。ごめんね、リンタン、ママ犬独り者で。。。。

 明日も仕事で遅いような気がします。(明日は昼出社)リンタンをお迎えに行くのは、GWに入ってからになりそうです。まぁ、嬉しそうだから、いいけど。ママ犬、リンタンのいないうちは、超・つまんないんですけど。
リクママがメールで送ってくれた、リンタンの写メをお届けします。

↓★リク家の一員リンタン その1★↓
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↓★リク家の一員リンタン その2★↓
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 ちょっとだけ、悲しい、悔しいママ犬でした。
 長~い文章最後まで読んでいただいてほんとにありがとうございます。
 ゆっくりになりますが、仕事の合間を見てコメレスいたしますです(_"_*)

bunnerbunner2

『世界一おバカな飼主と救急車に乗った犬』

 
 4月7日に交通事故にあいました。4月上旬の札幌といえば、まだ雪の残骸があちこちに残り、寒い日々が続いていたはず。
 
 その日ママ犬は、豊平河の河川敷のリンの散歩コースの雪がどれくらい解けたか偵察しに行こうとして、国道を渡ったのです。100M前方に使えない押しボタン信号があり⇒押してから青信号に変わるまで6分かかる。あまりにも時間がかかるので一度測定したら6分半かかった。リン(仔豚)を連れている時は、その使えない信号を必ず利用して国道を渡るが、なぜかその日に限り、車が途切れたときに、一気に国道を渡ろうとしたのでした。右をみて左を見て『行ける』と思い、右側から来る車の最終車が通ったときに道路に飛び出したら、なぜか中央車線から車がきた。
 後から知ったのだが、左を見ている間に、右側から来る最後の車が車線変更をしていたらしい。いないはずの車がいたので、ヤバ、ぶつかる。死ぬかも知れない(国道なので7・80キロは速度を出している)と思ったが、仔豚を抱っこしていたので、自分が死ぬのはいいけど、こんなバカな飼主の為に仔豚(リン)は殺せないと思い、踏みとどまったのでした。
 ぶつかる瞬間車の重さと速さは感じたが、実際、身体のどこがぶつかったかはまるでわからない。仔豚とともに吹っ飛び、ぎゅうっと抱きしめたはずの仔豚が、飛ばされた衝撃で身体が道路にぶつかる50センチ手前で1M前方に飛んだ。。。仔豚は直ぐにママ犬の所に走ってきて、ママ犬は仔豚を抱きしめ、上半身をおこしたのでした。中央車線にママ犬を跳ねた車が急ブレーキで止まり、右車線は人が座り込んでいるのに速度も落とさずビュンビュン車が走り去る。マズ。。歩道に戻らなくてはと思い立とうとしたが、足に力が入らず、ふわっとした感じ。
 折れたな、と思ったら次は血がたら~と出てきて、ヤバ、ヤバヤバ。

 救急車が来てストレッチャーに乗せられ、救急車の中へ。仔豚ももちろん一緒。救急隊員の方が犬は病院に連れて行けない。どうしよう。どうしよう状態。
 結局、事故現場から自宅が近かったので、一度救急車は自宅に向かい、自宅の鍵を渡し、リンを部屋の中に置いてから、一路病院にむかったのでした。 なんて親切な救急隊員さん。なんて人騒がせなママ犬。。

 病院で全治4ヶ月、3回の手術が必要と言われ、その日1回目の手術・・・・手術終了は夜、11時半。超ブルーなママ犬。つーか、ブルーどころじゃない。。真っ青。。。朝起きると『ここは何処??なんで、おいらは、こんなところにいるんだよ???』病院のカーテンを見て足を見て、そうか交通事故に遭ったんだ。

 『ぎゃ~~、ここには仔豚がいない。仔豚に会いたい、会いたい』の1週間。仔豚はママ犬中毒というか、ママ犬依存症と思っていたが、依存症は仔豚ではなく、ママ犬のほうだったとそのとき知ったのでした。。

 因みに、ママ犬は3月から、『ばーちゃん』と2人暮らしになっていましたが、ママ犬が帰ってこないので、仔豚は、ばーちゃんの所で寝るようなったかと思っていたのです。でも仔豚は、ずっとママ犬のベットから離れず、ママ犬を待っていたらしい。そうして、10日ほど経ち、仔豚の予防注射の為、妹の『やっちゃん』に仔豚を病院に連れて行くよう頼んだら、『やっちゃん家』にもママ犬がいなかったので、仔豚は沈んでいたらしい。そこは毎週、仔豚を連れて遊びに行く家で、リク(ダックス♂)や里穂ねーちゃんがいる所でもある。そうして仔豚はなんとなく『ママ犬は帰らぬ人』になったと思い込んだのでした。。アホめ。お前を置いて誰が死ぬか。。。

世界一おバカ2


リ ン : ママ犬は2ヶ月半で退院してきましたが、退院1週間前に試験外泊と
    いうのがあって、その日リンを連れて、待望の豊平河の河川敷に散歩に
    行きました。
     1時間の散歩で最後の方は疲れて、ちょっと足を引きずっていましたが
    無事完歩しました。翌日病院に戻って、リハビリの先生に1時間犬の散歩
    に行ったといったら、歩き過ぎと怒られたそうです。

世界一おバカ1



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